過去のつぶやき

2010年5月 3日 (月)

好物

好物は 鰻

浜田山にある鰻屋
「さか井」に
週に2回は通っている。

病院への送迎車も承知していて、
透析後、自宅前に車をつけるのではなく、
鰻屋の前に横付けするのだ。

中から鰻屋の親父が出てきて、

ハイハイ、先生ここね~、

と言って奥の座敷へ通される。

まるでツアー観光バスが
土産物センターに立ち寄るかのように
当然の流れができている。

しかし、ここの鰻、うまい。

私は何を見ても食欲が刺激されないし、
何を食べても
食い散らかすようにしか食べないのだが、
この鰻だけはいつも完食。

ここの名物親父と
憎まれ口を叩きながらの、
鰻の肝の串焼きにビール、
これ、ささやかな幸せ也。

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20091217日 記

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2010年4月26日 (月)

老犬アリス

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アリス 9歳

人間で言えば63歳。
私から言わせれば
まだまだお若い。

だが、最近は老齢と、肥満のため、
2階に上がれない。

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あぁ~、しんど…。

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2009127日記


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2010年4月19日 (月)

インフルエンザ

透析治療中、
「インフルエンザのワクチンを受けますか、受けませんか?」
と看護婦が聞いて回ってきた。

どうやって受けるのか、
と聞くと
ワクチン接種は注射だ
と言うから、
週に3回も、こんなぶっとい注射針を入れられるのに、
その他にまた注射するなんて、
ご免こうむります、
と言って辞退した。

ところが、
私以外皆受けるらしい。

皆よくこの期に及んで
自ら望んで注射を打つ気になるなぁ、
と家でぼやいていたら、
横で聞いていた妻と娘に
猛然と抗議され、
こちらの言い分も聞かず、
病院に電話して

「受けるか、受けないか、なんて生半可なこと聞かないで
有無を言わせず、注射しちゃってください。
感染したら、本人だけでなく、皆さんにご迷惑ですから!!
本人は不良患者ですから、
今後そういうことは家族に相談してください!」

と容赦ない。

電話を切るや否や、
今度はキッと私を睨みつけて、
ワクチン接種するまでは、外出禁止だ、監禁だ、
と喚いていた。

ホント、マゾの心境にならないとやってられない。

20091124日 記

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2010年4月16日 (金)

ワイドショー

朝はワイドショーを何とはなしにみている。
酒井法子の覚せい剤事件にも
いささか飽きてきたなぁと思っていたところに
今度は34歳の女の結婚詐欺事件。
ワイドショーはネタに困らない具合に、新たな事件が勃発する。

江戸、明治、大正、
いつの時代にも毒婦というのは世間を騒がし、
私も小説やエッセイによく取り上げてきた。

今回のはまさに平成の毒婦と言えるだろう。

こういった毒婦に共通して言えるのは、
大した美女ではない、
ということだ。

男好きする顔というのはあるかもしれないが、
決して敷居の高くない程度の容姿で
むしろ地味な女。

しかし内面では
自己顕示欲は強く、上昇志向は高い。

そして被害者意識が根底にある。

ブログに
「王子様を夢見て…」
みたいな言葉が頻繁に出てくるようだが、
いい意味で純粋、
逆に怖いくらい幼稚で現実逃避を繰り返す。

まだ顔は公表されてないが、
事件の追及ともに最近もっとも興味のある出来事である。

誰かがノンフィクション小説に仕立て上げるかもな、
オレがやったろかしらん??

20091111日 記

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2010年3月26日 (金)

電子たばこ

いろいろな禁煙グッズが出回っている。

電子たばこをもらった。

吸うと電池で先端が赤く光り、
食品から抽出された
たばこ風味の水蒸気の煙を吐き出すという。

以前にも禁煙茶というのをもらったが、
飲み始めて2日して、
煙草がまずくなるから
即座に飲むのを止めた。

まずくなるという事は
効果があるわけだが、
本人が煙草を止めようと思っていないのだから
しかたない。

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20091022日 記

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2010年3月22日 (月)

人気者

那須温泉に行った。
牧場で牛や羊を見たり触れたりするのはあるが、
最近はいろんな種類の犬をゲージの中に入れ、
触れあえる場所がある。

気に入った犬がいれば、
20分800円でお散歩ができるわけだ。

この日は暖かく、
12-3匹の犬たちは
みんな思い思いに寝そべって
日向ぼっこをしていた。

頭をなでられようが、
子供に尻尾を引っ張られようが、
眠たそうにし、
お愛想程度に尻尾を振って見せるだけだった。

そんな様子だったから、
あんまり期待しないでゲージに入っていったら、
今まで眠そうにしていた犬たちが
急に首をもたげて、のそのそと動き出し、
私の足元へ、すり寄ってくるのである。

アリスの臭いがするのだろう。

渡世人の挨拶のように、
義理堅く一匹一匹寄ってきて、
鼻先を擦り寄せて、またゴロリと寝るのだが、
私の周りは犬だらけになってしまった。

今まで犬たちの無愛想さに退屈していた子供らの羨望のまなざしを受けながら、
これが犬ではなく、
美女ならさぞ楽しいだろう、と思ったりして。

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20091014日 記

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2010年3月19日 (金)

深浦防衛

やっぱりなぁ、
私が応援に行ったから勝ったんじゃないかな。

冗談はさておき、
3連覇とは大したものだ。おめでとう sign01

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2009104日 記


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2010年3月12日 (金)

深浦康市王位防衛戦観戦

今回の第50期王位戦は
深浦は3連覇、木村は初タイトルがかかった大一番である。

深浦は三連敗のあと、三連勝し、
最終局面の第7局まで決着は持ち越された。

折りしも新潮も、講談社の原稿も終わり、
いても立ても居られず、
私は鶴巻温泉陣屋まで乗り込む。

深浦はこの王位対戦中にもかかわらず、
私の道楽出版記念会に足を運んでくれた。

棋士にとっては
遊んでなんていられない心境であるはずなのに、
私は恐縮して、
もし次の対局に負けたら、
新宿なんかで酒飲ませた俺のせいに決まっている、
と心配していたが、その後
深浦は2連勝し、タイに持ち越したわけである。

そうすると、

「やっぱり、人間、遊びが肝心なのだ、
新宿で遊んだから肩の力が落ちて、
いつもの調子がもどったのだろう、
どうだ、快楽教祖と我を呼べ」

と、
連勝したのは私のおかげと思うのだから、
ファンというのは本当にお気楽で無責任である。

今度は俺が行かずして、
深浦が防衛できるわけがない、と勝手に思い込み、
陣屋に応援団を引き連れて参るわけだ。

がんばれ!深浦!!勝ったらドンちゃん騒ぎだ!

(2009102日 記)

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2010年3月 8日 (月)

うれしはずかし

SMに市民権を与えたのは私だと言われている。

こうして己の顔が
デパートの書籍コーナーで並んでいるのを見るとなにやら、
迫害を受けてきた性倒錯者たちの仇を打ったような、
偉業を果たしたような感慨が沸いてくる。

私が「花と蛇」という珍小説を書いたのは、
いまから40年以上昔である。
そのころにはまだ、SMという言葉すら存在していなかった。

当時、創刊された雑誌「裏窓」には
「サディズム アンド マゾヒズムコーポレーション」
という長ったらしい副題がついていたから、
私が 『頭文字のSMだけにしたほうがいい』
と出版社に進言したのが始まりだと覚えている。

これで商標登録でもしていたなら
どんなに儲かっただろうかと思うのだが…

それはさておき、40年も前だと、
この種の嗜好は間違えなく変態扱いされていた。
ふつうの書店ではまず、扱いがなく、
あっても、薄暗い書店の隅に、追いやられていた。

今改めて、私の書籍が堂々と
他の著名な作家の方々と一緒になって並んでいるのを見ると
時代の流れを感じずにはいられない。

メジャーデビューを果せたような感動も覚えるが、
なかなか手に入らない本として、
日の当たらない、日陰の名花であっても欲しかった。
SMの楽しみ方というものは、
隠れキリシタンのつどいみたいに
秘かに集まってするもので、
そこに、高貴さと淫靡さが共存できる。

ましてや、その作家が
こうも堂々と表紙を飾るとは!

この状況をマゾッホやマル・キ・ド・サドが見たら
そろって腰を抜かすだろう。
変態作家なるものは、
岩穴に住む山椒魚みたいに、
ひっそり息づいておればいいのである。

とはいうものの、
生来、煽てられたり、どんちゃん騒ぎが好きな性分故、
正直に嬉しくもあり、来訪者に例外なく見せびらかして
「どう?これ」 などといいながらニヤついている自分を見てると、
作家としてまだまだだなぁ、
と知覚せざるを得ない。

だから人々にSMの巨匠だとか、
ポルノの大家などと呼ばれると、
なんだか恥ずかしくなって、
私のような初心を捕まえて何をおっしゃると、
世間に言いたくなってしまうのだ。

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(2009919日 記)

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2010年3月 5日 (金)

作家家業

新作が書き終わった。
今日が最終締め切りだ、と言われ、
最終原稿を送ったのは日付変わって午前4時半であった。

ああ、しんど。

書くことが好きで好きで仕方ない、という作家がいるが、
私は50年以上作家家業を続けてきているが
書くことが好きで好きで仕方ないと思ったことはない。
むしろ、
これ終わったら、どこどこの温泉地に行こう、
とか、
バー○○ちゃんとこへ早く行ってやらねば、
と思ってしまうわけで、
出来ることなら早く仕事を片付けて、遊びに行きたい。

しかし、現在、透析治療中故、
その遊びもままならず、
気がつけば、透析後の方がずっと多くの仕事をこなしている。

同年代の友人は皆引退して
のんびり余生を過ごしているのに、
今まで遊びほうけてきた罰なのか、
老境の域に達しても尚、仕事するしかないのである。

多くの作家は書くことが快楽になりえる。
でも、私はそうも思えない。
思えないのだが、書き始めていくと、手が抜けない、
妥協できない己が出てきて、
ついついのめり込むように書き込んで、
予定の枚数を大幅に越え、締め切りぎりぎりに提出することになる。

書くのが嫌いなら、適当にはしょって書けばいいのだが、それができない。
書くのは好きじゃないのだが、書くしかできない。書かないではいられない。

一日中机にへばりついての孤独な職業は
見ようによっては自慰行為、ナルシストの変態稼業である。
こういう仕事は俺には向かん、やめよう、と思いたっても、
物書きに引きずり戻されてしまうのは宿命かもしれない。

何度、執筆稼業から足を洗おうと試みたことか。

それでもここに戻ってくる。

別れよう、別れよう、と思っても別れられない女のようだ。

作品を書くたびに自分の中の矛盾を感じている。

(2009916記)

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