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2010年4月 7日 (水)

【対談】康 芳夫(国際暗黒プロデューサー) その1

~ 一期は夢よ、ただ狂え ~

「ほんの2年前の夏のことでした。
持病の腎臓病が悪化し、掛かりつけの医者に
明日にでも人工透析の施術に掛からないと、余命はもって二ヶ月です
と鬼のような顔で宣告されましてね。
以前から何度も何度も透析手術を受けろと言われ、
その度に俺はそんな女々しいことまでして生き延びる気はないと、
腕組みしてはふん反り返ってきたものだから、
いまさら、ハイ分かりましたなんで格好悪くて言えませんがな・・・」

と団鬼六が苦笑いをした。

携帯電話コンテンツ「悦楽の森文庫」の監修を引き受けるに当り、
団鬼六が二つの条件を出した。
一つは、この悦楽の森文庫を創刊することで、
新人官能作家をどんどん発掘したいと。
もう一つは、オープンに当って「花と蛇」と並んで、
沼正三の「家畜人ヤプー」を携帯小説化してほしいということであった。


リポーター:
まるで、作風も趣向も異なるので、団先生は興味がないものとばかり思ってましたが…。

団:
いやいや「家畜人ヤプー」はかれこれ50年前、
私が「花と蛇」を雑誌奇譚クラブに連載していた頃から注目をし、愛読してました。
いったい、どういう人物がこの珍無類な空想官能小説を書いているんだろうと。

ご存知のように、作者沼正三氏は昨年11月80歳で亡くなっている。
沼正三はあくまでもペンネームであって、作者は彼の死去まで明らかにされなかった。
それが、昭和の平成の出版界の最大のミステリーでもあった。
ただ、全権代理人として伝説のメディアプロデューサー康芳夫氏が、
過去の事実関係をすべて握っているというのが衆目一致するところである。

自慢のプラチナブロンドの長髪をたなびかせて、
伝説の怪人、康芳夫氏が悠然と姿を現した。
団鬼六が沼正三の正体に迫り、
康芳夫が団鬼六の「花と蛇」の真実に迫る。――

リポーター:
資料をひも解いていると
「花と蛇」と「家畜人ヤプー」にはいくつかの共通点が見られます。
まず、出版の出自が同じ、奇譚クラブであることです。

康:
そうなんです。
大阪の堺で発行していた戦後最大のカストリ雑誌ですね。
蓑田さんという、大阪・北浜の相場師がオーナーでした。

団:
私が連載中に、おっ、変わった小説が載ってるなって思って、
当時の吉田編集長にいったい誰が書いているのか尋ねた記憶がある。

康:
私はオーナーの蓑田さんに連絡先を聞いても、最初は教えてくれなくて。
何度かやりとりしているうちに渋々教えてくれました。
ところで、作風も文体も世界観もまるで違うのに、
先生はどうして「家畜人ヤプー」に興味を?

団:
まず、タイトルが目を引きました。
得も言えないエキゾチズムの香りがある。
それでいながら高級なエロチズムがチロチロ舌なめずりしていました。
よほどの教養人でないとあのタイトルは考えられないね。

康:
そうなんです。
「家畜人ヤプー」には当時のそうそうたる教養人が様々な形をとって関わっていたのは確かでした。

団:
過去に小説の世界で、
「家畜人ヤプー」ほど真実の作家が誰なのか、
取り沙汰されたケースはたしかないんじゃないの。
そこから推理して、私は倉田裁判官説をとっているのです。
裁判官なら、あの変態的小説の作者だと言うことが明るみに出るのはマズい。
普通に考えればそうです。

康:
事実関係を知り尽くした者として、倉田元裁判官関与説を全否定はしません。
だからといって全肯定もしません。
非常に微妙でこみ入った関係性と言いますか、
コラボレーションのブレーンの一人であったことは間違いないです。

団:
なんや歯に物のはさまった説明やね。(笑)
関係者の一人であったことは確かなんだね。

康:
英語で言うところのジョイント・ワークですね。
では、日本語で云う「共同執筆」かというと、それは正確じゃない。

団:
とすると巷間言われてきた、
新潮社の校閲部員だった天野哲夫さんが実質的な執筆者であることは確かなんですか?

康:
百パーセントではありませんが、そう思っていただいて結構です。
一点だけ、倉田さんについて事実を明かしますと、
彼は現役の裁判官時代つまり、長野地裁の判事の頃に相当数のSM小説を書いていました。

団:
ほう、じゃ私と同業者だったわけだ(笑)

康:
そうなんです。
団先生は確か三浦三崎で高校の英語教師のかたわら「花と蛇」を書き、
倉田さんは裁判官のかたわら、SM小説を書いてはカストリ雑誌に投稿していたんです。

リポーター:
いまの時勢だったら大騒ぎになるところですね。

康:
いや、雑誌「諸君」が、特集に事をのせ、それが原因で当時噂が広がり、
長野地裁判事を経て、東京高裁判事まで昇りつめた倉田卓次氏は
内定していた最高裁判事の座を棒に振っちゃったんです。

団:
実は私、連載当時に奇譚クラブの吉田編集長から、
沼正三が書いた私へのファンレターをもらったんです。
細かい神経質そうな字がびっしり詰まってました。

リポーター:
どんな内容でした?

団:
そんな50年も前の手紙を覚えてるわけないよ。

リポーター:
失礼しました(笑)

団:
ただその几帳面な書体を見て、
ああこれがあの沼正三の筆跡なのかといまだに記憶に刻まれているのだから、
さすがといえばさすがだね。

康:
50年前のほぼ同時期に、
しかも奇くも同じ雑誌で掲載された長編官能小説が
いまだに売れ続け騒がれ続けているというのも、
思えば奇跡的なことだと思いますよ。

団:
私もあの頃青春の奔るまま書いたオナニー小説が、
いまだに印税を稼いでくれるなんて思いもよらなかった(笑)

リポーター:
類似点が多いといえば確かにそうなんです。
まず、掲載誌、掲載時期がほぼ一緒。
両書とも、ベストセラーで
しかもいまだにロングセラーとして、一時代を画した存在であること。
文庫化、漫画化、舞台化もされている。
「花と蛇」は度々映画化されていますし「家畜人ヤプー」は現在企画、制作進行中です。
両書とも、未定のまま終わっている・・・。
ほとんど双生児の兄弟といって過言ではないですね。

(続く)

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